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結核で死亡した歴史上の人物

結核で生涯を終えた歴史上の人物はたくさんいます。
また、結核は「悲劇の病」として、多くの文芸作品で描かれています。

かつての結核は、才色兼備の人に多い病気と言われたことがあります。
実際にはそのようなことは関係ないでしょうが、
昔は若くして命を落とす病気だからこそ、
結核で亡くなった人の死は美化されていたのかもしれません。

結核で亡くなった作家たち

正岡子規
21歳で結核を患いながらも、ペンネーム「子規」として俳句に没頭しました。
子規とはホトトギスの別名であり、血を吐くような高い鳴き声から付けたものです。
日清戦争では記者として従軍し、帰国途中の船で喀血を起こしました。
その喀血の苦しさをホトトギスになぞらえたのです。
東京に戻ると歩くのも困難になって、脊椎カリエスと診断されました。
それでも麻酔剤で痛みを和らげ、最後まで創作活動を続けたと言われます。
沖田総司
新選組の沖田総司は、肺結核によって病死しました。
幕末を描いている小説などは、
沖田総司を悲劇のヒーローとして描かれることが多いのが特徴です。
池田屋事件で彼が大喀血を起こしながら、大立回りをしたという話は有名ですが、
本当に喀血していたかどうかは不明です。
徳富蘆花
ベストセラー『不如帰』 (ほととぎす) は、
結核が「悲劇の病」であるという印象を決定づけた作品です。
ヒロインの浪子は武男に恋焦がれながらも、
浪子が結核を患ったことを理由に、2人の仲は悲しくも引き裂かれ、
哀れに死んでいく物語です。
この物語は、後に演劇や映画などとして数多く発表されています。
堀辰雄
代表作『菜穂子』は、結核の末期患者が主人公の作品です。
サナトリウムを舞台として、結核を静寂で悲劇的な印象で描いています。
死の影が忍び寄る清楚な少女の生きることへの意思を描いており、
サナトリウムが一般に受け入れられるようになった作品です。
また、堀辰夫も結核で病床生活を続け、病死しています。